斜め上の喫茶店

そもそも今日生きていることがアートそのものなのだから、自分の好きなようにアートしたら良いのだ。

悩むのは課題の分離ができていないから

こんにちは!

今日もとっても良いお天気でひたすら庭の雑草と格闘しております。

抜いても抜いてもメゲずに生えてくる雑草。

なんなの、こいつらムキー!!なんて思うわけないじゃないですか。

自称ヨーロッパの華麗なヒキコモーゼ、バンミ子ですから。ふふ。

 

この踏まれても抜かれても人に嫌われても「それが何か?」の姿勢を崩さず、お天道さまに向かって力強くメキメキ生えてくるこの雑草たちが愛おしくも思えてきましたよ。

バンミ子も負けずに抜きまくろう!ありがとう、雑草!清々しわ〜。笑

 

さてさて、今日はアドラー心理学でいうところの課題の分離について書いてみようと思いますよ。

 

というのも、昨夜、長女(小学4年)が悩みがあるというので聞いてみると、まさに課題の分離の内容だったんです。悩みのタネは大人も子供も老若男女おんなじだなー!と思いました。

 

長女の悩み。↓

「仲良しのPちゃんが意地悪を言うの。私の靴が可愛くないとか、子供っぽいとか!それに今何で遊ぶかとか命令してくるし。今日もPちゃんの後ろ歩いててPちゃんに続いて教室に入ろうとしたら直前でドアをバタン!って閉められたの!私が後ろにいること分かってたと思うのに!ひどいよね!」

 

でした。

どうですか、これ?

 

あー、あるね、あるね!な内容ですよね。

 

これに対してバンミ子が長女に伝えたことは以下の通り。

  • Pちゃんが意地悪を言う&するのはPちゃんの選択であって言うも言わないもするもしないもPちゃんの自由であり、その結末(友達がいなくなる等)を引き受けるのもPちゃんの課題なのだからそれに対して長女は干渉しないこと。
  • 長女の課題は、Pちゃんに言われたことに対して「怒る」「悲しむ」「ま、どーでもええわ」と、どの感情を選ぶかを決めること。どの感情を選んだとしても自分の責任であり自分の課題であることを知ること。
  • 怒ったりイライラしたりしたところで相手の課題は相手の課題でありコントロール不可能なのだから、自分の感情だけいつも良い気分でいるように気にしていたら良い。「Pちゃん、なんだかご機嫌斜めねー!ま、そのうち治るでしょ。今は違う子と遊ぼうっと♪」とPちゃんを放っておいたって構わない。

折に触れて課題の分離について話しているので、長女もだいぶコツは掴めてきてはいるようです。「そっか、そうだよね!私は私の楽しいことを見つければいいんだよね!」と言って、スッキリ眠りについた長女なのでした。

 

本当に本当に本当に本当に!!!!

課題の分離って大事です。

 

これがちゃんと出来ればそうそう悩むことなんて無くなると思うのですよね。

嫁姑問題も夫婦問題も仕事の人間関係も。

基本は課題の分離です。

 

なんかモヤモヤするな〜、イライラするな〜、という時、自分の感情によーーーく注意してみましょう。

 

「あんなこと言うのは私のことこう思ってるからだ」とか「わざとしたに違いない!」とか勝手に想像してイライラしてない?

 

何を言おうが何をしようが、それは相手の課題でありアナタがどうこう出来る問題ではありません。問題なのはそこじゃないんです。

 

問題なのは、どうしてネガティブに受け止めてしまったのか

ここですね。

相手よりも自分の内面、こちらを今一度確認した方が良いでしょう。

 

こういう時、相手はあまり関係ないのですよね。

どちらかというと、自分で自分に普段無意識に言ってること、つまり自信の無さや人の目を気にしていたりとか、そういったことが原因だったりします。

そういう無意識の自分の弱い部分を刺激する相手が現れた。

それだけです。

 

刺激される度に感情に流されて反応していては何も変わりません。

成長しませんね。

 

刺激されたらチャンスと思えば良いのです。

自分を成長させるチャンスだと。

 

そこで自分を見つめて感情を理解して、自分の弱さを受け入れて相手の課題には踏み込まずの姿勢でいられれば違う自分になれたということ。

そうすると、不思議なものでもう同じ場面は訪れなくなります。

まるで違う世界にワープしちゃった感じ。

これは経験すると面白いですよ。

 

人生はアートそのもの。

毎日違う世界を選べます。自分で。

さぁ、今日はどんな世界を選びますか?

 

バンミ子

 

 

課題の分離を学びたいならアドラー心理学の本を読んでみるといいですよ。

 

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