斜め上の喫茶店

そもそも今日生きていることがアートそのものなのだから、自分の好きなようにアートしたら良いのだ。

他人の期待は他人のものであってアナタとは関係のないもの。そしてあなたの期待もあなただけのものであって相手には関係のないもの。

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さぁさぁ、ここでもアドラー心理学の課題の分離の登場ですね。

 

他人に気を使って疲れてしまう?

なんで気を使っているの?

なんで我慢してまで付き合ってるの?

というか、その気遣いは誰のためなの?

 

他人の期待に応えるために、本当は嫌だけどやりたくないけどいつも結局相手に合わせてしまって疲れてしまう?

どうして嫌なのに嫌だと言えないの?

というか相手に合わせてるのは一体誰のためなの?

 

結局ね、こうしたら相手は喜ぶだろうな、こうしたら相手は悲しむだろうな、きっと相手は私にこう期待してるんだろうな、っていう良かれと思ってのそういう気遣いっていうのはね、ほぼ、ほぼですよ、98%くらい(笑)自分の勝手な思い込みですよ。

 

勝手に思い込んで勝手に期待に応えようとして勝手に疲れてる。

あなたが気を使うから、あなたが心を開かないから、相手もあなたに気を使うし心を開かない。シンプルですね。

 

本当はあなたはあなたのままでいいのに。

ありのままのあなたの方が好かれるのに。

 

 

実は、他人の期待と思ってるその重い期待は、自分が他人に求めてる期待なのです。恐ろしいですね〜(笑)。

 

自分ならこうされたらこう思うから相手もこう思ってるはずだ!!っていうのは観念、そう自分の勝手な思い込みです。

 

他人の期待は他人のものであってアナタとは関係のないもの。

そしてあなたの期待もあなただけのものであって相手には関係のないもの。

 

自分の期待が裏切られて傷つくのは自分に自信がないから。

心の奥底で相手を自分の思い通りにコントロールしたいという自分がいるから。

 

自由に生きたいなら、他人目線で生きないことです。

自分の勝手な思い込みで他人目線を作り出さないことです。

 

他人に認められたい弱い自分がいる。

そのことを認めて、自分で自分のことを愛し許すことができれば他人のことも愛し許せるようになります。そして、他人の期待=自分の期待であったのだと気がつけば、あなたはもう自由です。

 

嫌われたくない、良い人だと思われたい、良い母と思われたい、良い妻と思われたい、良い嫁と思われたい、それらの他人の期待だと思い込んでいた自分の期待から解放された時、あなたはあなたらしく自由に生きることができるようになるのです。

 

 

バンミ子