『やってもいいし、やらなくてもいい』の応用編
人って、どうしてこう他人の言動にいちいち敏感に反応するんでしょうね。
リアル社会にも、ネット社会にも、一見キラキラ楽しそうでも、そこには焦り・僻み・妬み・怒り・執着のオンパレードな人間関係が繰り広げられています。
面白いですよね。笑
稼いでいる人を見ると批判や妬みの感情が出るとか、
好きなことして楽に生きてる人を見ると批判や妬みの感情が出るとか、
妬みや僻み、批判の感情っていうのは、この人間社会の中ではごく自然な感情かもしれませんね。だって、この人間社会が競争社会であり他人との比較で出来た社会だから。
どうしたって意識せざるを得ない。
でも、出来るなら妬みや僻み、批判の感情は少なく持ちたいなーと思いませんか?
ゼロとは言わなくても、日常生活で苦にならない程度の微々たる量(笑)にしたいものですよね。
さて、ここで『やってもいいし、やらなくてもいい』の応用編ですよ。
この『やってもいいし、やらなくてもいい』っていう力の抜け加減が、妬み僻み、批判の感情を減らすのにも一役買ってくれます。
さぁ、では、ちょっと言ってみましょう。
- やってもいいし、やらなくてもいい。
- 稼いでもいいし、稼がなくてもいい。
- お金持ちになってもいいし、ならなくてもいい。
- 僻んでもいいし、僻まなくてもいい。
- 妬んでもいいし、妬まなくてもいい。
- 嫌いでもいいし、嫌いじゃなくてもいい。
- 好きでもいいし、好きじゃなくてもいい。
- そう生きてもいいし、そう生きなくてもいい。
- それを選んでもいいし、選ばなくてもいい。
どうですか、この力の抜け加減(笑)。
スーっと力が抜けていく感じがしませんか?
どっちでもいい。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
一休み、一休み(by.一休さん)みたいな感じで、心をゆるーくしてあげるんです。
これがまさに中庸でいる、ということ。
ニュートラルな状態です。
この中庸な心の在り方をちょっと意識するだけで、全然違ったモノの見方が出来るようになったりします。そして、ストレスも激減するんじゃないかなー、とバンミ子は思うのですよ。
やってもいいし、やらなくてもいい。
こうじゃなきゃいけない!とか、こうあるべきだ!とかいう思いは、単なる自分の思い込みであり自分が作った幻かもしれない、ということ。
自分のモノサシは自分で勝手に作った制限であり、本当は制限なんてかけなくてもいいのかもしれない、ということ。
妬み僻み、批判の感情が出てきた時は、もしかしてこれが自分の心のブロック?と、一度疑ってみるのも新たな自分を見つける助けになるかもしれません。
今日は金曜日ですね。
バンミ子のお気に入りの曜日です。
金曜の夜は思いっきりダラダラして自分を甘やかせると決めているからです♪フフ
皆さんも、楽しい金曜の夜、そしてリラックスした週末をお過ごしください♪
バンミ子