斜め上の喫茶店

そもそも今日生きていることがアートそのものなのだから、自分の好きなようにアートしたら良いのだ。

一日として同じ日は無い

先日、家の中の階段で滑って転げ落ちたバンミ子です、こんにちは♪

これ、階段を放ったらかし過ぎだよ!階段の存在を思い出そう!のサインだと思うのですよね。なので、その日、丁寧に一段一段『いつもありがとね』と呟きながら水拭きしたのでした。階段周辺の空気がかなり軽く明るく変わった気がしますよ。

そこに在る『今』を見てあげることが大事なのは、人も物も植物も同じですね。

 

さてさて、毎日暇だとか、毎日が同じことの繰り返しで退屈だとか、毎日変化が無くてこのままでいいのか不安だとか、そう思ったこと、誰でも一度はあるのではないでしょうか。

 

こういう風に思うとき、この世はなんでも諸行無常だということをすっかり忘れてしまっているときであり、目の前の変化を全く見ていないときでもあります。

 

諸行無常 - Wikipedia

諸行無常(しょぎょうむじょう、パーリ語: सब्बे संखारा अनिच्चा, sabbe saṅkhārā aniccā)とは、仏教用語で、この世現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。「諸行」は、この世の一切の事物と現象を指し(有為法)「無常」とは、一切は常に変化し、不変のものはないという意味。宋代仏教書景徳伝灯録』によれば、釈迦牟尼仏入滅に際し、沙羅双樹の木の下で説いた言葉と伝えられる[1]三法印四法印のひとつ。

 

人も物も植物も感情でさえも、一日として同じ日は無いのですよね。

一瞬一瞬変化しています。

 

将来の不安に駆られるとき、過去の記憶に苦しまされるとき、人はこの目の前の一瞬の変化を見ていません。

将来の像、過去の記憶という漠然とした捉えどころのない頭の中の映像に焦点が行っていて、目の前の植物の変化に気がつきません。目の前の子供の変化に気がつきません。そして自分自身の変化にさえ気がつきません。

 

実際には、毎日刻一刻と全てが変化していて全く違う日だけど、忙しく過ごしていると、そういうことに目が行かない。

 

まだ起きてもいないことを考えては焦る。

嫌な過去を思い出しては、再度嫌な気分を味わうことに時間を費やす。

 

勿体ないですよね。本当に勿体ない。

これこそが、煩悩そのものなのではないでしょうか。

 

ほんのちょっと、ほんのちょっと視線をしっかり目の前のものに向ければ『今ここ』に戻れます。『今ここ』っていうのは、階段を一段一段拭くのもそうだし、料理に集中するのもそうだし、ガーデニングをするのもそうだし、子供としっかり向き合って会話をするのもそう。

 

とにかく意識をあっちこっち飛ばさず1つのことに集中する状態をできるだけ保つ。

そして淡々と毎日を過ごす。それでいい、それがいいのです。

 

淡々と今に集中して過ごす日々、それこそが変化に富んだ日々なのですから。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

 

子供も大人も心の声を聞いてあげて

今日も素晴らしい天気です。

ザ・秋晴れという言葉が相応しい。空はどこまでも青く澄んでいて、赤や黄色や茶色に色付いた木々の葉はそよ風で優しく揺れています。街の至る所が太陽の反射でキラキラ輝いています。

 

呼吸しているこの瞬間、光が反射してキラキラ輝く草花、家の中に優しく映る木漏れ日と影。

 

この一瞬一瞬をただただただただ楽しみたい、そう思うバンミ子です、こんにちは♪

 

さて、昨日は天気が良かったので、友人家族と一緒に湖沿いを散歩して来ました。

友人の娘さんは10歳。

散歩の間、ずっとグズっては泣き、ヤダヤダ歩きたくない、ヤダって言ってるでしょ!と暴れては彼女のお父さんの足を蹴ったり、腕を引っ掻いたりしていました。

 

この子のことは、赤ちゃんの時から知っています。

赤ちゃんの頃から気難しい子だったことも覚えています。

そして、とても繊細で傷つきやすい一方、明るくて朗らかで優しい子であることも知っています。

 

もう2年ほど経つでしょうか。

今、その子の両親は家庭内別居状態です。

だから、両親揃って一緒に行動することはもうずっと無く、昨日もその子と父親だけの参加でした。

 

足を蹴られても、腕をつねられても、払いのけるだけで叱りもしない父親。

そして反抗的な態度をエスカレートさせる娘。

 

そんな二人の背中から、心の叫びが聞こえて来るようでした。

 

『無視しないでよ!ちゃんとこっち見てよ!なんで怒ってくれないの!!なんで本気で向き合ってくれないの!なんで抱きしめてくれないの!やっぱり愛されていない、愛されていないんだ!お願いだからこっちを向いて!!!』

 

『どうしてこの子は僕を困らせることばかりするんだろう‥。どうせ親としてバカにしてるんだろう‥。この子の母親といいこの子といい、みんな僕をバカにするんだ‥。どうせ僕の言うことなんて聞きやしないんだ‥。僕だって優しくされたいよ。認められたいよ。愛されたいよ‥。』

 

二人のやりとりを見ながら、何も言わずにただ側に居て一緒に歩いたバンミ子とバミ男。バンミ子家の子供達は無邪気に湖に小石を投げては現れる波紋を見て楽しんでいました。

 

バンミ子に出来ることは、ただただそのままの二人を受け止めることだけ、そして二人がそれぞれ解決の糸口を見つけ、少しでも楽になれるよう心の中で祈ることだけです。

決してアドバイスみたいなことを言ったりしません。

ただただ、そのままのありのままの現状を見つめて見守るだけです。

 

子供も大人も同じ。

特に親子という関係では、求め求め求める関係になってしまうことがあります。

親から子への期待や要求、子から親への期待や要求、もっともっともっともっと!!親子という関係が難しいのは、その求める心を諦めることが出来ないからですね。

 

本来は親は子へ、無償の愛情と安心感を与えるのが親としての一番の仕事だと思います。でも、親も人間。心は子供のように未熟であり、時にはその時の感情や状況で子供への態度を変えてしまったりしてしまう。そういうときもある。

 

でもやっぱり、

 

子供のことは真正面から見て欲しい。

悪いことをしたらきちんと叱ってあげて欲しい。

そして大好きだよと言って抱きしめてあげて欲しい。

 

自己肯定感の安定した大人になるために、将来本人が人生を楽しく生きるために、これらは欠かせないことだから。

 

心で泣いている子供達を見るのは本当に辛いものです。

バンミ子にできるのは、ただただただただ側に居て、なにも言わずにそのまま全部を受け止めてあげることだけ。そして心から祈るだけ。

 

大丈夫、必ず必ず楽になるから。

大丈夫、大丈夫。

大丈夫だよ、あなたは愛されているよ。

愛されている存在だよ。

 

全ての子供達の心が優しい光で満たされますように。

 

バンミ子

 

人生も宇宙も謎だらけ

本当にね、人生も宇宙も謎だらけですよね。

考えても考えても答えなんて出て来ません。

 

私って何?

私と感じてるこの『意識』って何?

その『意識』ってどこにあるの?

 

死んだ後のことなんて誰にも答えられないということだけは事実ですよね。

 

だって、死んだらこの自分という意識が消えて、つまりはもう『自分』はこの世界を認識できないわけだから、自分が死んだ後にこの世界がまだそのまま存在しているのか、はたまたもしかしたらマルッと消えて無くなってしまうのか?

 

誰か教えて?

って言ったって、誰もわからないわけですね。笑

 

だからこそ、だからこそですよ。

イジイジネチネチ悩むよりは、ただただ純粋に生きていると実感できる『今』を楽しむ、という方向に舵を切っちゃっていいんじゃないの?とバンミ子は思うのです。

 

悩みを手放す勇気を出すも出さないも自分次第。

手放せないと思うのは勘違いです。自分が望めば、やーめた、ぽい!ってサラっと手放せるんですよ。

 

だって、悩んでるっていうのは決して他人に悩まされているのではないですからね。

自分で目的を持って悩むことを選んで、その悩みにあえて執着しているんですから。そう、悩むには理由がある。そこには自分の隠れた目的がある。そして、それに執着している。これを忘れちゃいけません。

 

宇宙や人類の謎に比べたら、人間関係の悩みなんてハナクソ程の大きさにも満たないよね、自分何やってるの?みたいに思えたら貴方はもう自由(笑)。

自由です。

 

自分で自分に人生を楽しむ許可を出していいのです。

というか、許可も何も、それは自分として生きる当たり前の権利です。

だって、自分は自分なんですから。

 

そう、自分は自分です。

自分の感覚を思い出しましょう。

五感に意識を向けましょう。そして自分の感覚を愛しんでください。

それが今を楽しむということです。

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

 

劣等感を克服する方法

自分より学歴が高い人を見た時

自分より裕福な人を見た時

自分より幸せそうな人を見た時

自分より人望のある人を見た時

自分よりイキイキしている人を見た時

自分の持っていないものを全て持っている人を見た時

 

さて、あなたはどんなときに劣等感を感じますか?

 

挙げるとキリがないですが、人は自分よりも何か優れたものを持っていると思われる他人を見た時に劣等感を覚えるものです。

 

なんかこう、モヤモヤっとしたドロドロした感情。

誰でも一度は持ったことがあるのではないでしょうか。

 

「いいなー、いいなー、なんで私はそうじゃないんだろー、あー、私はダメだなー」みたいな軽い劣等感から、「なんだよ、いい気になりやがって!不幸になればいいのに!ほら、失敗した!けけけけ!!いい気味だ!」みたいな性悪な強い劣等感に発展してる人もいますね。

 

醜いですねー。

 

醜いです

 

それでね、結構自覚してますよね、自分醜いなって。笑

だから気分が悪くなる。劣等感や妬みを持ってる自分が嫌になる。

 

さて、ではどうしましょう?

劣等感を克服することは出来るのでしょうか?

 

難しいですよ、これは結構難しいですよ。

でも、出来ます

 

克服できます

 

劣等感を正しく理解して、克服して、そしてありのままの自分として自由に生きることができます。出来るんです。

 

まず理解しなくてはいけないのは、劣等感がどこから来るか?ということです。

劣等感を持っているということは、すなわち自分は他人よりもどこか劣っていると思っているということですよね?

 

思っている、そう、観念です。

それは観念、つまり思い込みです。

 

そして、次に理解しなくてはいけないのは、劣等感を持つ人は他人のことを常に、そう常に自分よりも上か下か、優れているか劣っているか、という縦の関係で判断する癖を持っています。

 

そう、癖です。

これは自動的に働く心の癖です。

 

なので劣等感を克服するには、まずは自分が、他人を上下、優劣という価値観で判断&見る癖を持っている、と自覚することからスタートします。

 

そして、その価値観や判断は思い込みから来ているのだ、ということを十分に理解しましょう。育った環境、親や教師、上司や友人、原因らしきものは色々あったでしょう。でも、いつどこで自分がこの思い込みを心に植え付けたか分からなくてもいいのです。

そんなことに拘る必要はない。

 

なぜなら過去はすでに存在しないのだから。

あるのは思い込みになってしまった記憶とそれに伴った感情だけです。

人の記憶はどうにでも変えられます。事柄に対する自分の捉え方を変えれば記憶が変わるんです。

 

嫌だと思っていた記憶も、違う角度から見てみれば違った面が見えて来ます。

そして違う見方が出来る。

ネガティブな出来事はただのネガティブじゃなかった、気づきという学びというチャンスを与えてくれたんだ、ということに気づいた時に、その嫌な記憶は嫌な記憶ではなくなります。自分を成長させてくれた貴重な出来事という記憶に書き換わるんです。

 

アートですねー。本当にアートそのものです。

 

ここまで理解できたら、克服までもうすぐです。

 

次に取り組まなければならないものは、自己肯定感を取り戻すことです。

自分が劣っているように感じている、ということに気がついたら、「あ、今劣等感を感じた。そっか、そこに自分は劣等感を感じるんだね。気がつかせてくれてありがとう。そんな風に自分が自分に思っていたから自分が悲しかったんだね」と自分に言ってください。

 

自分を大事にするということはそういうことです。

それの繰り返しです。1つ1つのネガティブな感情に自分で気がついてあげる、そしてそのまま受け入れて認めてあげる。それをひたすら繰り返すという作業をするのです。

 

最初はしんどいかもしれませんね。

自分の感情に向き合うというのは怖いかもしれません。

 

でも、それが自分を正しく理解して、他人のことも正しく理解して、自由に生きやすくする唯一の方法でもあります。

 

劣等感を克服するには、自分が他人を上下優劣で判断するのを止めること。

そして、同じく、自分のことも他人と比べて上下優劣で判断するのを止めることです。

 

毎日の日常が気づきの連続であり成長の機会になります。

そして、そうして自分の感情に向き合っていくと、日に日に心が自由になっていくことを感じることができるでしょう。

 

人生はアートそのもの。

自由にアートしていいのです。生き方は自分で選んでいいのです。

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

当たり前の日常が輝いて見える時

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みなさん、ご機嫌いかがでしょうか?

 

今朝、空を見上げると海の波のような模様を見せながら流れる雲があって、その瞬間を目撃できたということ、それ自体がもう奇跡のようなものだと思ったバンミ子です、こんにちは♪

 

今朝も子供達を学校に送りながら、すれ違う人々とハローハロー笑顔で挨拶して、いつものキオスクのおじさんと手を振りあって挨拶して、すれ違う散歩中のワンちゃんと飼い主さんと「今日も気持ちがいいねー」と声を交わして、いつものパン屋さんで店員さんと他愛もない会話を楽しみました。

 

木々は風で揺れて美しい音を奏でているし、鳥たちは楽しそうに歌っているし、朝露で濡れた芝生は太陽に当たってキラキラ宝石のように輝いています。

 

そして、バンミ子の気分はとっても穏やか。

これを幸せと呼ばずに何と呼ぶのでしょう。

 

別に大金を持たなくても、高級レストランに行かなくても、大きな家に住んでいなくても、ブランドものを身につけていなくても、幸せはそこかしこに存在しています。

 

幸せは外ではなく、いつだって自分の中にあるということですね。

だから、なーーんにも心配いらない。

外がどうだって、心配いらない。

 

自分の中に幸せの軸があって、自分自身としっかり一緒に生きていたら、外の世界がどんな風でも、他人が何をやっていても、それらは自分という世界の中の景色の一部に過ぎないのだということが分かります。

 

全ては自分の責任なのですね。

 

どんな世界を見るか、どんな感情を持つか、どんな経験をするか。

 

日常の当たり前の生活の中に、気づきのチャンスが沢山与えられています。

劣等感を感じる時、怒りを感じる時、寂しさを感じる時、承認欲求が出てきた時。

そのとき、目の前の人や状況は、自分の中の弱さを見せるために現れてくれているのです。

 

そういう時、感情に流されるのではなく、自分の心としっかり向き合うと、どうしてそういう感情が出てきてしまったか、どうしてネガティブに反応してしまったかが見えてきます。そこには、他人のせいにも状況のせいにも出来ないハッキリとした自分の弱さがあるのです。

 

だから、認めてあげる。

弱い自分をそのまま認めて受け止めてあげる。

 

そっか、そういうところに劣等感を持っていたんだね、寂しかったんだよね、認めて欲しいって思ってたんだよね、と自分の心に寄り添ってあげるのです。

 

そうすると、1つ感情が解放されます。

そしてその感情から自由になります。

 

日常の至る所に現れてくる気づきのチャンスを見逃さずに、1つ1つ丁寧に自分の心を扱っていくのです。

 

そうしていくと、分かります。

自分はかけがえのない存在なのだと。

今、こうして生きていること、それがすでにもう答えなのだと。

 

だれもあなたを傷つけることはできない、あなた以外はだれも。

だれもあなたを悲しませることはできない、あなた以外はだれも。

だれもあなたを怒らせることはできない、あなた以外はだれも。

 

だれもあなたを幸せにすることはできない、あなた自身以外はだれも。

 

全ては自分の中にあるのです。

全ては自分の責任だから自分の選択には自分で責任を取るよ、という生きる姿勢がすなわち自由な生き方である、ということ。そう、それが自由ということです。

 

当たり前の日常が輝いて見える時、そこに無限の自由があります。

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

思考の癖、行動の枠を広げるための1日1回簡単エクササイズ

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今日もとっても綺麗な空で、リスが屋根の上で追いかけっこして遊んでいたり、猫がのんびり散歩していたり、道ゆく人々とハローハロー笑顔で挨拶したり、いつも通りかかるキオスクのおじさんと目があってお互い手を振りあって挨拶したり、スーパーのレジのお姉さんと「このカボチャいいね。美味しそう!」とちょこっと話しをしたり、そんな日常の些細な事全てがかけがえのない美しい瞬間なのだな〜幸せだな〜、としみじみ思うバンミ子です、こんにちは♪

 

さてさて、普段気にしないと、無意識にいつも同じ行動をしちゃうって事ありませんか?

 

例えば、いつも同じ道を行くとか、いつも同じコーヒーを飲むとか、いつも同じ食品を買っちゃうとか、掃除の後にいつもソファーでダラダラしちゃうとか(笑)。

 

思考と行動って繋がっていますので、思考の癖はそのまま行動や発言に現れますよね。

なので、思考の癖(ネガティブ思考とかね)を直したいとか、行動の枠を広げたい、自分の可能性を広げたいと思った時は、意識していつもと同じ行動をしない事をオススメしますよ。

 

そう、違う行動を選択してみるのですね。

 1日1回でもいいのです。

 

例えば、いつもと違う道を行ってみる、違うコーヒーを試してみる、違うスーパーに行っていつもと違う食品を選んでみる、掃除の後にダラダラする代わりに泡お風呂でリラックスしてみる、とかですね。

 

そして、その時大事にしてほしいことは、インスピレーション、直感です。

なんとなくこっちがいいかな、とか、なんとなくあれが食べてみたいかな、とか、なんとなくあの人に連絡してみようかな、とか、そういったインスピレーションを大事にしましょう。

 

宝物につながる何かに出会えるかもしれません。

 

思考が変われば行動が変わります。

そして、行動が変われば思考が変わります。

つまり思考=行動とも言えますね。

 

さぁ、気軽にちょっといつもと違う行動を選択してみましょう。

ちょっとでいいのです。ちょっとでいい。

でも、そのちょっとが自分の枠を広げてくれます。

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

(おまけ 〜 読書のこと)

シンクロニシティマネジメントが分かりやすく書かれています。

インスピレーションやシンクロニシティを意識してみると、日々たくさんの偶然という必然を与えられていることに気付かされますよね。興味のある方は読んでみてくださいね。 

 

潜在意識の好転反応 疑いの心が芽生えそうな時は

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こんにちは、バンミ子です♪

 

潜在意識が書き換わっていく時に、必ず通る道、そう『潜在意識の好転反応』があることは以前も書きました。

banmiko.hatenablog.com

 

順調に前向きな日々を送っていても、ある時にフッとまた心がザワっとし出す時があるかと思います。

 

やっぱり自分には出来ないんじゃないか?

やっぱり自分には無理なんじゃないか?

 

心の中でそう囁く声が聞こえるかもしれません。

 

もう逃げ出したい、やっぱり以前のようにイジイジ落ち込む日々に戻りたい、とさえ思うこともあるかもしれません。弱気の虫が出てきてしまって、そんな自分に落ち込むこともあるかもしれません。

 

長年持ち続けてきた思考の癖や心の姿勢というのは、そうそう簡単に書き換えられるものではないのですよね。グラフをイメージすると分かりやすいかもしれません。

心の成長はちょっとずつちょっとずつ上がって行くのです。常に右肩上がりとはならないことを覚えておきましょう。上がっては少し下がるの繰り返しで、でも長い目で見た時には全体として上がっていきます。なので焦らなくても大丈夫。大丈夫です。

 

これは誰でもそうだから。

なので、アナタだけではないから安心してください。

諦めて止めてしまわないでいいのですよ。そのまま続けていいのです。

 

もし疑いの心が芽生えそうな時は、こう言いましょう。

 

私は私を幸せにする。

私は私を信じる。

 

そう自分に宣言することで、潜在意識は安心します。

そして、そこを乗り越えて行く度に、アナタの心の成長は加速していくでしょう。

 

潜在意識は自分の中の小さな子供みたいなもの。

時には労いの言葉をかけて優しくすることも忘れてはいけません。

 

幸せになりたい?

 

幸せになるというのは、他人に幸せにしてもらうのではなく、自分が自分を幸せにするのだということを、弱気の虫が顔を出してきたらいつも思い出して、そして宣言しましょう。

 

私は私を幸せにするのだ、と。

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

イライラしたりムカムカしたりするのは潜在意識からの気づきのサイン

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なんだか良くわからないけど、イライラするなー。

なんだか良くわからないけど、ムカつくわー。

あー、絶対アイツのせいだわ。

 

みたいなドスっと黒い感情が出てきた時、感情のままに流されるのはもう終わりにしましょう。

 

感情に振り回されるのは、もう終わりにしましょう。

 

このドス黒い感情は、潜在意識からの『気づき』というギフトです。

 

学びのチャンスなのです。

 

相手は、たまたまそこに現れただけです。

アナタに気づきを与えるために。

アナタの弱さを見せるために。そして弱さを克服するために。

その証拠に、弱さを克服するまで何度でも同じような場面が訪れるはずです。

 

逆に言えば、克服した後はもう二度と同じ場面でイライラしたりムカムカしたり、感情に振り回されることはなくなります。なぜならアナタ自身が変わったから。

 

つまり、同じ場面でも、アナタの心の反応が変わることで異なる結果になるということです。

 

イライラ、ムカムカした時。

アナタはそのサインに気づく必要があります。

 

どんな『気づき』『成長の学び』なのか、アナタはアナタ自身を内観してアナタ自身を解放してあげる必要があるのです。

 

相手がアナタを不快にさせているのではないのです。

相手によってイライラムカムカさせられているのではないのです。

 

原因は、

 

  • アナタがアナタ自身を許せていない
  • アナタがアナタ自身を愛せていない
  • アナタがアナタ自身を認めていない

 

ということなのです。

 

イライラムカムカの感情は、アナタがアナタ自身を責めているというサインです。

 

アナタはアナタ自身を責めている。

 

私は相手にこうして欲しいのに相手はこうしてくれない。

私は相手に分かって欲しいのに相手は分かってくれない。

私は相手に認めて欲しいのに相手は認めてくれない。

 

誰も私を理解してくれない。

私は拒絶されている。

 

それが怒りという感情になっています。

 

相手への怒りと思っているその感情は、自分自身への怒りです。

相手が云々ではないのです。全ては『自分』なのです。

 

アナタはアナタを理解してあげていないから、小さなアナタが泣いています。

アナタはアナタを拒絶しているから、小さなアナタが泣いています。

アナタはアナタを認めてあげていないから、小さなアナタが泣いているのです。

 

無意識に自分で自分に怒りをぶつけているのです。

気づいてください。

小さなアナタが泣いているのです。

慰めて欲しくて、認めて欲しくて泣いているのです。

 

イライラムカムカ、その怒りの感情は解放してしまいましょう。

解放できます。

解放しましょう。

 

イライラムカムカした時は、『ほら、今だよ、学びなさい、小さなアナタが泣いていることに気づきなさい』という潜在意識からのサインだと気づいてください。

 

アナタはアナタ自身を許す必要があるのです。

アナタはアナタ自身を慰める必要があるのです。

アナタはアナタ自身を認める必要があるのです。

 

相手から得ることじゃないのです。

自分が自分に与えるものなのです。

 

アナタは完璧じゃなくていい。

誰でも間違うことはある。それでいい。

全てを一人で抱え込まなくていい。

全部しようと思わなくていい。

アナタはアナタを奴隷のように扱わなくていい。

出来なくたっていい。責めなくていい。

大丈夫だよ。大丈夫だから。ゆっくりでいい。

 

小さな泣いてるアナタを、アナタが見つけてあげればその瞬間から心は解放されます。

心は癒されるのです。

 

人生はアートそのもの。

アナタという存在、アナタの人生そのものがアートであり、かけがえのないものだということを思い出しましょう。

 

アナタの心が穏やかな光で満たされますように。

 

バンミ子

 

1日5分から始める心の解放エクササイズ

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みなさん、今日は自分の好きなことをしましたか?

 

本を読む、楽器演奏、ガーデニング、おかし作り、編み物、音楽鑑賞、裁縫、プログラミング。一人一人好きなことって違いますね。そして、好きなことは1つとは限りません。

 

普段、忙しく仕事して家事して育児して、あれしてこれしてって無意識でやってると、あっという間に1日が終わってしまって、気がついたら何年も好きなことをしてないなんてこともありますね。

 

ストレスって、やることが多いからストレスなんじゃなくて、やりたいことをやっていないからストレスが溜まるのです。

 

逆に言えば、どんなに忙しくてもやることが多くても、その中で5分でも10分でも好きなことをする時間を取ると、不思議なことにストレスって軽減するんですよね。

 

なので、「あれが終わったら好きなことしよう」などと思わずに、今、そう今、この瞬間に5分間だけでもいいから好きなことのために時間を確保しましょう。

 

好きなことをやりましょう。

 

たかが5分、されど5分。

好きなことをした後は、心が軽やかになっていることに気がつくと思います。

これがとっても大切な心のエクササイズです。

好きなことをやりましょう。

 

1日5分でいいんです。

毎日、自分の心が喜ぶことをしましょう。

 

続けていくことで、どんどん心が解放されていきます。

自分が何が好きで何に心から夢中になれるか思い出していきます。

 

それが、あなたがあなたらしく生きるということなのです。

 

あなたの人生、あなたの1日。

どう過ごすかはあなたが決めるのです。

 

楽しい1日をお過ごしください。

 

バンミ子

アファメーション、おまじないでいつでもリラックス!緊張しない人になる方法

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今朝の空があまりにも綺麗で、綺麗すぎて、完璧すぎて、まるでVR(バーチャルリアリティ)のよう、過ぎ行く景色も行き交う人々も全てVRでバンミ子は『見ている』けれど、本当は『見せられてる』世界なんじゃないの?えぇ?どうなのよ?なーんてね!ふふ、と今日も一人ほくそ笑んでるバンミ子です、こんにちは♪

 

みなさん、今日もアートしてますかー!

 

さてさて、実はバンミ子、以前はかなり、そうかなり!人前で緊張する人でした。

人前というか、もはや外に出ると常に緊張&警戒してるレベルのマックス自意識過剰型緊張症(バンミ子命名)だったんです。

 

それはもう毎日クタクタでしたよ。

他人の視線が怖かったし、対面して話すことも苦手でしたし、できるだけ人との関わりを避けよう避けようとしていましたからね。こうなると、『なに、この罰ゲーム?』的な毎日ですよね。

 

でもね、そんなバンミ子、今では全く、そう全く!

緊張しない人になりました。

 

マックス自意識過剰型緊張症(バンミ子命名)を治すのに、8ヶ月くらいかかりましたが、きっかけは瞑想をし始めてアファメーションという存在を知ったことですね。瞑想しながら、アファメーションしたんです。つまり、おまじないですよ。念じた、とも言えますね。

 

どんなアファメーションかというと、

 

「わたしは緊張しません。常にリラックスしています。どこにいても、誰といても寛いで自分らしくいられます。」

 

「ありのままのわたしが受け入れられ、必要とされることを知っています。」

 

「わたしは何も恐れる必要がないことを知っています。全てうまくいくことを知っています。うまくいっていることに感謝します。」

 

この3本立てです。

 

緊張したり何だかモヤモヤしてたり不安感があったりした時に、このおまじないを淡々と呟くのです。どういうおまじないでもいいですよ。自分にしっくりくる言葉を使えば良いです。そして、声に出さなくても大丈夫。歩きながらでも、メイクしながらでも、移動中でも、いつでも自分が今おまじないが必要だと感じたら呟くのです、脳内で。

 

半年ほどアファメーションの力を借りてトレーニングというか、自己催眠というか?まぁ、とにかく深く考えずに淡々と呟いたんです。洗濯物を畳みながらとかね。

 

そしたら、気がついたらアファメーションやおまじない無しでも緊張していない自分がいました。それはもう自然に、あれ?なんか楽じゃない?みたいな感じで、マックス自意識過剰型緊張症(バンミ子命名)が治っていました。

 

今はもう外でも人前でも緊張しませんし、発言するのも全然平気ですし、誰とどこにいてもバンミ子はバンミ子として寛げますし、毎日がものすごく楽になりました。

というか、むしろ楽しい。

人と関わるのが楽しくさえなっているのです。別人ですよ、もはや!

 

すごいですよねー。

以前の引きこもりバンミ子が嘘のようです。

いえ、引きこもるのは引き続き大好きなのですが、心の中が全然違うから、引きこもりの内容も違うというか、とにかく毎日楽しいし本当に生きるのが楽になりましたよ。

 

アファメーション、バンミ子は効果抜群だったので、マックス自意識過剰型緊張症(バンミ子命名)でお悩みの方がいらっしゃいましたら、まぁ、妖怪バンミ子に騙されたと思って一度お試しください。やってみたらわかります。続けてみたらわかりますから。

 

ね?

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

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『どうせこうなるし』これが引き寄せの法則

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今朝はなぜか妖怪人間ベムのテーマソングが頭から離れず、子供達を学校に送り届ける間も一人ノリノリでスウィング♪スウィング♪しながら歌っていました♪ここはヨーロッパ、わたしは怪しいアジア人、妖怪バンミ子です、こんにちは♪

 

もうね、この歌詞といいこのリズム!バンミ子、こういうの大好きです。

サイコーだわー!しびれますね。

闇に隠れて生きる~おれたちゃ妖怪人間なのさ!人の姿を見せられぬ~けもののようなこの体~「早く人間なりたーい」暗いさだめを吹き飛ばせーベムベラベロ妖怪人間!

 

www.youtube.com

 

さてさて、今日は久々に引き寄せの法則について書いてみたいと思いますよ。

 

引き寄せの法則の大前提として、自分の考えてること(思考)が現実になる、という考え方があります。

 

自分の考えてること(思考)、つまり悪い考えも良い考えも平等に現実になりますよ、ということです。

 

例えば、『お金が欲しい!』という願いはお金がないという現実を生みます。

お金ないない!思ってるから『お金が欲しい!』んでしょ?

宇宙の法則では、このお金ないない!思ってる方を採用されるわけですね。笑

わかりますか?お金ないない!思ってるからお金がない(欠乏)という現実が作られちゃうわけです。

 

だから、この場合、お金を引き寄せるには、

 

必要なお金はもうあるし♪

っていうか、もう十分幸せだし♪お金くれるっていうならもらってあげてもいいけどー♪ま、なくても十分幸せだけど♪っていうか、お金は必要な時に必要なだけ入ってくるの知ってるしねー♪

 

な思考が必要なのです。余裕かまさないと!ってことです。

 

これは何にでも言えるんです。

 

良い現実も悪い現実も『どうせこうなるし』と心で思ったことが現実になるのです。これが引き寄せの法則のポイントですよ。

 

どうせ才能ないし=成功しない現実が生まれます。

どうせ失敗するし=失敗します。確実に。笑

どうせ可愛くないし=モテない現実が生まれます。

どうせ太ってるし=卑屈なオーラによって誰も近寄りません。

 

どうせ全部上手く行くの知ってるし♪=上手くいきます。笑

どうせ楽しい未来になるの知ってるし♪=楽しい未来になります。

どうせ愛されてるの知ってるし♪=愛される現実が生まれます。

どうせいつか理想の車に乗るの知ってるし♪=近い未来に現実になるでしょう。

 

どうでしょうか?

とにかくね、いかにももう叶っちゃってるし♪な楽しい気分でいることがポイントですよね。

 

バンミ子、なんでも自分で実験&体験するのが好きなのですが、引き寄せの法則ももちろん日々実験しています。なので、確信しています。

 

これは叶うわ

って。

 

これこそが、アート、アートですよ

 

バンミ子の例を少し紹介しましょう。

 

バンミ子、春先ぐらいから外で大きめな高級車を見かけては『お!格好良いねー!ま、バンミ子もそのうちそういうのに乗ってるだろーなー!あはは!バンミ子、かっこえーわー!楽しみだなー!』って、まるですでにもうその車を持っているような鮮明なイメージを持っていたんです。その車を持って自分はどんな楽しい感情を持つかまで鮮明に。

車を見かける度にワクワクしていたわけですね。

 

そうしたら。

 

今持ってる車がここ数日で故障し始めました。

それで、バミ男が今持ってる車を売って新たに大きめの車を買うって言い出したわけですよ。しかも、バミ男が選んだ車がまさに!バンミ子がイメージしていた車そのものだったんですね。

 

バンミ子は『こんな車が欲しいなー♪』なんてバミ男に何も言っていなかったのに!です。

 

あはははは!!ギャハハハ!

もう笑うしかないでしょ?

 

やっぱり、そうなるの知ってたし♪

って言うしかないでしょ?笑

 

バンミ子、ふざけてません。

いたって真面目ですよ。ふふ

 

『どうせこうなるし』

 

どうせ大丈夫なように出来てるんだから、どうせなら楽しいことを考えて楽しい現実を引き寄せましょう。

 

自分の思考が現実をつくる。

自分の思考が自分の見えてる今の自分の世界を作っているのです。

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子 

banmiko.hatenablog.com

 

恥ずかしいって何?

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今朝も早くに起きて、瞑想音楽聴きながらコーヒー飲んでキットカット食べつつ軽く瞑想、ほんとこれ最高ですよ!なバンミ子です、こんにちは♪

 

よく、「みんな見てるよ、恥ずかしい」とか「恥ずかしいから一緒に居たくない」とか「恥ずかしいよ、やめなよ」とか聞きますけど、この『恥ずかしい』って一体なんなんでしょうね?それどこ出身?笑

 

辞書でも見てみましょう。

www.weblio.jp

 

恥ずかしいという感情、つまり羞恥心。

Wikipediaで羞恥心を見てみましょう。

羞恥心 - Wikipedia

恥じらい、あるいは羞恥心というのは、恥ずかしいと感じる気持ちのことである。つまり恥を感じている気持ちのことである。

羞恥心とは、自我自尊心の延長にある概念である[要出典][誰?]。「となる行動をしてしまった」と感じる感情である。この感情は、社会規範への適応といった行動を促すが、その一方で過度に感じる場合には、行動の萎縮などといった問題を生む[要出典]

罪悪感ないし羞恥心を測定する TOSCA-A の項目 "shame" によると、羞恥心は以下のとおり4つの下位尺度に分類される[要出典]

  • 自己の存在が取るに足らない物と感じ、自己を否定したいと思う「全体的自己非難」
  • 恥を感じる状況から逃げたい、もしくは恥を感じた記憶を消したいと思う「回避・隠蔽反応」
  • 自分が周囲から孤立したと感じる「孤立感」
  • 人に見られている、人に笑われていると思う「被笑感」

羞恥心はしばしば罪悪感と比較される感情である。羞恥心を感じやすい人は、罪悪感を持ちやすい人より攻撃的で、反社会的であるとする研究[要出典]もある。羞恥心は、外部への帰属、他者への強い焦点、復讐といった感情や行動を発生させる屈辱感を伴い易いからである。

 

まぁ、とにかく羞恥心って、他者の存在があって初めて出てくる感情ということですね。比較する対象があるから出てくる感情。

 

集団の中での自己にものすごく焦点を当てた状態とも言えます。

  • みんなと同じじゃないと笑われる
  • 仲間外れにされるかもしれない
  • ダメな人間だと思われるかもしれない

という恐れの感情でもあるし、

 

  • 自分の弱いところがバレてしまうのが耐えられない
  • 格下に見られるのがイヤだ
  • 完璧な私でいたい

という自己防御的な感情でもありますね。

 

これ、ついつい育児中もやりがちですよね。

「ほらほら、みんな見てるよ、恥ずかしいよー」って子供に羞恥心を植え付けてコントロールしやすいように調教する、みたいな。

そう、これ躾というより調教に近いですよね。

躾と称して、恐れや羞恥心、罪悪感を利用しているわけですから。

 

恥ずかしいからこうしなさい、というのは相手を思ってのことじゃなくて、自分を守るために相手に「こうしなさい」と強要しているようなもの。

心配からくる言動にも似てますね。

 

そもそも。

そもそもですよ。

 

恥ずかしいって、何で?

なんで恥ずかしいの?

 

恥ずかしくないよ!

ぜんぜん恥ずかしくないよ!!

そのままのアナタでいいじゃない!

 

変とか間違ってるとか、それは単なるその人の主観に過ぎないわけで。

主観なんて10人いたら10通りですよ!

 

笑う人がいるなら笑わせておけばいいじゃない。

笑うのも怒るのもその人の自由です。課題の分離。

てへ?笑われちゃった!キャハ!って舌出しときゃいいんです。

 

恥ずかしい、と思うのも自分の選択です。

恥ずかしくない、と思う選択も出来るのですから。

自由。

自由ですよ!

 

バンミ子は恥ずかしくないですよ。

バンミ子は、その日に着る服は子供達に選ばせているのですが、子供達がどうコーディネートしようと何も言いません。彼らが自分で選んだ色彩感覚豊かなwコーディネート。いいじゃない!彼らが自らの意志で選んだ服です。どんな格好でもいい。

ついでに夫のバミ男もバンミ子とは相当異なる色彩感覚を持っていますが、全然気になりません。ワーオ!今日も眩しいね!とは思いますが、そのまま外出します(笑)。

 

バンミ子も、もう人の視線も評価も正直どーでもいいという妖怪レベルに達しつつあるので、羞恥心という感情自体、もう久しく持ったことがありません。

 

羞恥心がないって、自由でいいですよ。笑

オススメです♪

 

あ、それとね、恥ずかしいって思うのは、自分も他人を「うわー、あの人あんなことして恥ずかしいー」とかジャッジしてるからですからね!お忘れなく。

なので、羞恥心を克服するには、まずはあなたが他人をジャッジすることをやめる、これしかありません。

 

さぁさぁ、そろそろ自由になりましょうよ。

レッツ羞恥心さよーならー!

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

好きなことが得意なこととは限らない。得意じゃなくてもいいじゃない。

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こんにちは、今日も淡々と雑草抜きの日課をこなしつつ大好きなキットカットを食べて軽く瞑想、これ最高!最高だよ!なバンミ子です♪

 

みなさん、今日もアートしてますかー!

 

さてさて、皆さん、毎日好きなことをしていますか?

 

やらなきゃいけないことが多すぎて好きなことをする時間なんてないよ!

好きなことばかりやってたら生活できないじゃん!

好きなことやりたいけど、才能ないし。

好きな仕事に転職したいけど能力見合ってないし。

 

とかね。

好きなことをやらない理由って色々出てきますよね、わかります。

 

ついつい、優先順位が やらねばならない義務的なこと 〉〉〉好きなこと になりがちですよね。

 

好きじゃないことをするときって「あれやらなきゃ!これやらなきゃ!」系の『〜しなければならない』になってしまっているんですよね。気がついていましたか?

 

だからね、『〜しなければならない』思考になっていることに気がついた時は、一旦立ち止まりましょうね。

 

でね、自分に問いましょう。

 

『それ、本当に絶対にしなければいけないことなの?それしないからって、どうなるの?』ってね。

 

結構、どーでもいいちっちゃいことにこだわってる自分を見つけられますよ。

ちっちゃ!ちっちゃいな、自分!!みたいな。笑

 

なんで、好きじゃないことを『しなきゃいけない』と思い込んでるんでしょう?

なんで?

 

あれ?なんでだろ?

 

世間の目?

社会的な義務?

 

ここでも、やっぱり自分を苦しめているのは他人からの視線や評価のような気がしますね。

 

でも、実は他人の視線でも評価でもなくて、実際には自分が自分に制限かけてるだけなんですよね。

 

あれやってみたいけど、自分にはできそうもないし。

本当はあれをやりたいけど、下手だから笑われるの恥ずかしいし。

本当はあの仕事をやってみたいけど学歴も能力も足りないし。

本当はもっとハジけた格好がしたいけど、いい妻いい母らしくないと言われるの怖いから大人しい格好してるの。

本当は海外に行きたいけど、お金も時間もないし。

 

とかね、もうね、キリがないですよね。

延々とやらない言い訳が出てきちゃいますよね!!わかります、わかります。

 

そもそも、好きなことや挑戦してみたいことが得意なこととは限らないですよね。

 

でもね、

で?だから何?だから何なのよ?ってな話なわけですよ。

 

得意じゃないといけないの?

そんなルール誰が決めたのよ?

 

っていうか、得意じゃなくてもいいじゃない

好きなら、自分が楽しくて夢中になれるものならやりましょうよ。

それこそが自分の人生に対する義務というもの。自分の人生を生きるということです。

 

だれが何と言おうがカンケーないですよ。

カンケーない。カンケーない。

 

だれもアナタの人生を代わって生きることは出来ないのですから。

 

っていうか、だれがアナタを楽しませられるというの?

だれがアナタの人生を充実させてくれるっていうの?

 

アナタでしょ。笑

 

アナタしかいないでしょ

 

自分が心から楽しめること、ワクワクすること、夢中になれることをしましょう。

ちょっとずつでいいんです。

 

ちょっとずつ、毎日ちょっとずつ。

 

歌が下手クソだけど大好きなら毎日ご機嫌に歌ってたらいいじゃない。

編み物が好きなら別に商売にしようとか考えずに毎日ご機嫌に編んでいたらいいじゃない。

書くことが下手だけど三度の飯より好きなんだよねー!っていうなら書き続けたらいいじゃない。

 

得意じゃなくてもいいじゃない

 

それに才能があるとか能力があるとか、そういう評価って誰の評価なの?

大体、好きなことするのに人と比べるという思考がナンセンスでしょ。

 

自分が喜ぶからする

自分がそう生きたいからする。

それでいいじゃない。

 

そして、そうやって好きなことを続けていくと、不思議なもので自ずと結果も付いてくるんですよね。人生ってそういう風に出来てます。

 

楽しいこと、好きなことをするのに努力はいらない。

だって楽しいんだから

 

なんか辛いけど、苦しいけど、きっとこの先には成功が待ってるから頑張る!!みたいな努力をしている時は、一度自分の内側ときっちり対話した方がいいでしょうね。

 

それ、本当にアナタの願望なの?

他者の目から見た理想のアナタを追っていない?って自分に問いましょう。

 

自分ときっちり向き合えば、自ずと答えは見つかるはずです。

 

レッツエンジョイ自分の人生!

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

生きる意味

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そこに在る。

 

それが全て。

それが全てです。

 

理由などいらない。

 

そこに在る

 

それだけで完全に美しいのだから。

 

生きる意味も目的も理由も、全ては『そこに在る』。

それが全て。

 

あなたはあなたのままで、そのままのあなたでいいのです。

 

あなたはそこに存在している。

 

それだけでいいのです。

 

今、呼吸しているあなたという存在がそこに在る。

 

それだけですでに完全なる愛の存在なのですから。

 

あなたはあなたらしく自由に生きていい。

自分で囲ってしまったその箱から飛び出して、空を飛ぶ鳥のように、海を泳ぐ魚のように、思いのままに幸せになっていいのです。

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

いい気分でいる方法

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 こんにちは、バンミ子です♪

 

さて、皆さん、今朝はどんな気分で起きましたか?

 

過去の嫌なことを引きずっていたり、まだ起きてもいない嫌なことを想像して心配したり不安になったりしていませんか?

 

こういう嫌〜な気分って、意識しないと勝手に次から次へと湧いてきてしまいます。

対処の方法を知らないと、嫌な感情がじわじわと脳内に広がっていって、気がついたら年がら年中ネガティブなことが頭から離れず、考えたくもないのに嫌なことばかり思い出したり想像したり。

 

苦しいですよね。

 

どうしていいのかわからないし、もういっそのこと記憶喪失になりたい!なんて思ってしまいますね。

 

グルグルグルグル回る嫌な思考。

どうやっても頭から離れてくれない。

 

さて、どうしたら良いでしょう。

 

バンミ子が長年のネガティブ経験(笑)を通して編み出した『いい気分でいる方法』をお伝えしますよ。あくまで個人的な方法ですが、ネガティブ思考で困っている方がいたらぜひ一度お試しください。

 

  • 嫌な気分、嫌な感情、嫌な記憶、嫌な想像が頭をよぎったら、すぐに「妄想!これは自分の妄想!」と自分に言う
  • 例えば他人の言動に関してモヤモヤしていることがある場合は、すぐに「ほらほら、それはアナタの課題じゃないよ。あの人が何をするか何を思うか何を選択するかはあの人の課題であってアナタの問題じゃない。あの人の言動に関しては全部、本人に任せましょう」と自分に言う
  • モヤっとしたら、すぐに「あ、この感情は私の人生には必要ないわ。いらん!ぽい!」と頭の中でゴミ箱に入れてしまう
  • 妄想が始まったら、すぐに「今」「目の前の景色、空気、呼吸」に集中する
  • 「私もまだまだよのう〜。いいの、いいの、気がついただけ偉いぞ、自分♪」と自分を褒める
  • 「まだ妄想するか!」と自分で自分にツッコむ。
  • 笑う

 

こんなの楽しくない!と思うなら、嫌な感情とはサヨナラすることです。

 

そして、自分に問うことです。

 

どうしてそのことに執着してるの、自分?

って。

 

いつでも答えは自分の中にあります。

そして自分の目の前に現れている世界は、自分の思考が生み出した世界です。

 

悩んでいる自分を生み出しているのも自分、困っている自分を生み出しているのも自分です。

 

1つ1つのネガティブな感情としっかり向き合っていくと、自分がどうしてそれに執着しているか答えが見えてきます。そして、そこに気がついた瞬間から、その悩みからは解放されるでしょう。気がつくことで感情は解放されるのです。

 

人生はアートそのもの。

自分の思考は自分で選択できるものです。

 

今日という真っ白のキャンバスに何を描くかは自分で選べるのです。

 

今日もアートな1日をお過ごしください♪

 

バンミ子