斜め上の喫茶店

そもそも今日生きていることがアートそのものなのだから、自分の好きなようにアートしたら良いのだ。

『思考のポートフォリオ』を見直せば人生は確実に変わります

f:id:banmiko:20180418173504j:plain

↑フランス旅行の自分へのお土産。スーパーのエコバッグです。可愛い♩

 

さてさてまたもや更新が滞っておりますが、みなさまご機嫌いかがですか?

バンミ子家は、イースター休暇を利用してフランスのアルザスへ行ってきました。

ストラスブール、コルマール、リクヴィール等、あちらこちらを見てきましたよ。

そのうち気が向いたら旅行記でも書いてみようかなーとか思ったり思わなかったり

。って、どっちw。まぁ、その時の気分で決めればいいさ〜、などと思っている相変わらずマイペースなバンミ子です。宜しくおねがいいたします♪

 

さて、今日はどうしても書きたいテーマがあるのでザザっと書いちゃいますね。

 

それはね、そう、タイトルの『思考のポートフォリオ』についてです。

 

『思考のポートフォリオ』を見直せば人生は確実に変わります!

 

これ、めちゃくちゃ大事なので折に触れて思い出しては見直す時間を取って欲しいのです。

 

資産のポートフォリオはきちんと管理しているという人は結構いると思うんですよ。

でもね、思考のポートフォリオについてはどうですか?

 

自分の頭の中を占めている思考、つまり何について考えている時間が多いですか?ということです。

 

1日のなかで見てみましょう。

たとえば、バンミ子の頭の中には下記のような事がらが占めています。

  1. 今日1日の家庭運営(炊事洗濯含め)のスケジュール、ルーチンワーク
  2. 子供達の習い事、勉強、遊びのスケジュール管理
  3. 趣味のピアノ、クラリネットの練習
  4. 株や不動産投資に関する勉強

 

ここにたまに心配ごとや不快な出来事が舞い込んできたりしますが、バンミ子の場合はそれらに1時間も2時間も時間を費すことはしません。悩んでもせいぜい10分です。

イヤな感情には時間を費やさない、と固く決めているからです。

 

空いた時間や細切れの時間(メイクアップ中、料理中、掃除中、待ち時間など)は本を読める状況なら読書、そうじゃない時はオーディオを利用して勉強する時間に当てています。

 

つまり、出来るだけ余計なことやどうでもいいことを考える隙を作らないようにしているとも言えますね。これ、何気に生きやすくするポイントでもあったりします。

 

思考=行動=時間=生命=人生だと思うのですよ。

つまりね、毎日何を選択するのか、自分の時間を何に費すのか、というそのこと自体が自分の人生に対する投資なんですよね。

 

それは今日なにを食べるか、だれと過ごすかという小さな選択からすでに始まっているのです。

 

目的がなくポートフォリオを作る人はいないと思います。

そう、目的地があるから前に前に進む原動力になるんですよね。

 

つまりそういうことです。

 

もう一度書きましょう。

 

『思考のポートフォリオ』を見直せば人生は確実に変わります!

 

自分の頭の中の思考のポートフォリオは、どの割合でどんな事に割り当てられていますか?

 

例えば、こんな人がいたらどうでしょう。

50パーセント以上も人の悪口や状況への愚痴などのグチグチネチネチなネガティブ思考が占めている人。いやいやいやいや、けっこう居ますよ?笑

その場合、現在その人がどんな人生を送っているか、そして今後どんな人生を送ることになるか、さぁ、あなたはどう思いますか?

 

思考が現実を作るのです。

 

1日に1度『思考のポートフォリオ』を見直す癖をつけてしまうといいんじゃないかなと思います。

そうすると1日1日の過ごし方が、人生に対する目的から大きくブレることが格段に少なくなるはずです。というか、確実に目的に近づいて行くはずです。

 

さぁ、あなたも今日から戦略的に『思考のポートフォリオ』を使って自分の人生をデザインしていきましょう。

 

人生はARTそのもの。

今日も楽しい一日をお過ごし下さい♪

 

バンミ子

失敗をした後の行動を人は見ている

さっき、長女が泣きながらバンミ子にこう言うわけですよ。

「リュックに英語のワークブックが入ってないの。違うクラスで宿題した時に机の上に出したままで忘れてきたのかもしれない(涙)。明日の1時限目が英語なのにどうしよう」って。

 

それはそれは悲しそうに泣くわけですよ。

 

で、ここからバンミ子の子育てコーチングの始まり始まり〜。

 

バンミ子:「それで長女ちゃんは、どうして泣いてるの?」

 

長女:「怖いから。もしもワークブックが見つからなかったら先生に怒られるかもしれないし、ペナルティーでたくさん宿題出されるかも‥」

 

バンミ子:

「そっか。怖いんだね。じゃぁ、ちょっと考えてみようか。

まず、はっきりしているのは、今はワークブックが見つからない、つまり『今は』自分の手元にはないってことだよね。

それは長女ちゃんには『今は』どうにも出来ないことだよね?

泣いたからって魔法が使えるなら話は別だけど。

お天気と一緒で、雪が降ってる、(´;Д;`)えーんって泣いたって雪を止めることは出来ないでしょ?

じゃぁ、泣く以外で長女ちゃんに出来ることは何かあるかな?考えてみようか」

 

明日、学校に行って長女が出来ることは、

 

  • 教室が8時にならないと開かないので、その前にまずは秘書課に行って落とし物として届いていないか確認すること。
  • 秘書課に無ければ、8時に英語の先生が教室に来たらすぐに事情を説明し、ワークブックを忘れたであろう教室に確認しに行くこと。
  • もしそれでも見つからなかった場合は、その事実をそのまま英語の先生に話すこと。
  • 怒られるか怒られないか、ペナルティーを受けるか受けないかは、その時の先生の判断なので、もうそのまま受け入れること。
  • 最悪、どこを探してもワークブックが見つからなかった場合は、新しいワークブックを再度購入すれば良い話なので心配する必要はないこと。

 

以上の点を二人でゆっくりと確認したわけですね。

 

泣くほどのことじゃないかもね?ってね。

 

で、話している間に長女も落ち着いてきて、もしかしたら隣に座ってたKちゃんが間違えて持って帰っちゃったかも!と長女自ら考えついたわけです。

 

そして早速Kちゃんに電話して確認してみたところ。

 

なんと!!

 

Kちゃんのリュックに長女のワークブックがしっかりと入っていたのです(笑)。

 

もうバンミ子なんかは笑うしかないわけですが、長女も、あんなに心配して大泣きした私って‥みたいな感じでもう呆然ですよ。

 

That is the life!ですよ。

これが人生!

そういうことです。

 

そうそう悪いことって起きないということです。

自分が恐れているほど、人生ってそんなに厳しくないよ!ということです。

 

バンミ子、今後の対策として長女にこんな提案をしてみました。

 

長女はアリアナ・グランデの大ファンなので、

 

「こんな時、大好きなアリアナならどうするかな?」

「こんな時、大好きなアリアナならなんて言うかな?」

 

ってアリアナになりきって考えてみたらどう?って。

 

小学5年生の長女にはこれはとっても腑に落ちたようですね。笑

 

「アリアナなら絶対こんなことくらいでイジイジしないし、肩すぼめて舌出して笑ってると思う」ですって。笑

 

今回は忘れ物っていう話でしたが、これって実は失敗エピソード全般に言えることなんですよね。

 

そう、失敗が悪いわけじゃない。

学びの機会なのですからむしろ喜ばしいことじゃないですか?

 

失敗をした後、その人が取る行動を人は見ている、のですよね。

 

例えば、アリアナがコンサートでダンスを間違えたとします。

そのときに、

 

1.ダンス間違えちゃった!どうしよう、恥ずかしい!もう帰る!と帰ってしまう

2.ステージ上で延々イジイジと泣き続ける

3. 何事もなかったかのように踊り続ける

 

さぁ、ファンの人たちはどんなアリアナを見たいでしょうか。

ってことですよね。

 

だから、失敗そのものではなくて、その後なんですよね、大事なのは。

そう、そこがメンタルの大事な部分なんです。

 

物事をどう捉えるか、これ1つで人生が全く変わりますから。

アリアナが上記の1や2のタイプだったら、そもそも歌手になどなっていませんよね。どんなに可愛かろうが歌が上手かろうがダンスが上手かろうが、メンタルが1や2なら人前に立つのは無理なんですよ。

 

昨日の記事につながりますが、

banmiko.hatenablog.com

 

やっぱり、

 

自分の体(潜在意識含め)をどう使いこなすかが人生を決めると言っても過言ではない。

 

ということですよね。

 

毎日毎日が学びの宝庫です。

 

メンタルの使い方の大切さを学校では教えてくれないので、せめてバンミ子は自分の子どもたちと、出来るだけ多くの身近な子どもたちにこのメンタルの大切さを伝えていきたいなーと思うのです。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

自分の体をどう使いこなすかが人生を決めると言っても過言ではない。

さっき、すっごい格好良いフェラーリが停まってたんですよね。

 

でね、バンミ子、こう思ったんですよ。

 

バンミ子には乗りこなせないかなー?あっはっはー、って。

まぁ、あんまりスポーツカーには興味ないんですけどね。笑

 

というかね、ちょっと待ってくださいよ。

 

乗りこなすもなにも、もし運転免許証も持っていなかったりしたら、そもそも車の動かし方もわからないよね?そうなると、その車はもはやただのガラクタだよね!

 

あれ?

これって、人も同じじゃない?

 

なーんて思ったわけですよ。

 

だってそうじゃないですか?

もしも、バンミ子の体の中身が志村けんだったら、今頃女版志村けんだった可能性はかなり高いですよね?アイーン!って!笑

 

そんでもって、もしもバンミ子の中身がめっちゃくちゃネガティブでドロドロの女だったら、そもそも海外になんて出てきてないだろうし、バミ男と結婚もしてなかっただろうし、そう、今のバンミ子は居・な・いということになりますね!

 

それは誰にでも言えることで、つまりなにが言いたいかというと、

 

自分の体をどう使いこなすかが人生を決めると言っても過言ではない。

 

ということです。

 

そう考えると、誰でも無限の可能性を持っている、ということが腑に落ちますよね。

 

そう、人は頭と体の使い方次第であって、可能性は無限大なのです。

 

今うまく行っていない人も、それはただまだ自分の体(潜在意識の使い方含め)の使い方を知らないだけ、とも言えるんじゃないでしょうか。

 

本当は可能性は無限大に秘めているんですよ。

そこのアナタも、あっちのあの人も!

みんな!みんな!

 

そこらじゅうの人々が素晴らしい可能性を秘めていると思うとワクワクしませんか?

あー、楽しい。

 

そういうことですよね。

 

って自己完結してますが、結局のところ人生っていうのはそういうことなんだから、それならそれで、もうとことんこの自分の身体と潜在意識を最大限に活かして楽しみたいな、と思うバンミ子なのでした。

 

今日も楽しい1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

レシピ本の断捨離

昨夜、知らず知らずの間に結構溜まってしまっていた料理のレシピ本や雑誌の断捨離をしたバンミ子です、こんにちは♪

 

何十冊ものレシピ本、キッチンの棚に並べていたんですが、見るたびに何だか気になっていたんですよね。

 

なんか結構あるけど殆ど見てないよね?

っていうか作ったこともないよね?wって。

 

こういう放置された本や物って、場の気の流れを滞らせるなーと思います。

それはまさに潜在意識にゴミが溜まっていく感覚。ドヨーンとした重々しさ。

 

なので、チャチャっとやっちゃおう!ということで、昨夜2時間かけて断捨離を実行したのでした。

 

もうね、やってる間の楽しいこと!

 

いろんな料理の写真を見るのも楽しいし、これは好き、これは作ってみたい、これは絶対作らんわ、というこの没頭しての選別作業自体が瞑想に通じるものがあるんですよね。まさに『今この瞬間』にフォーカスしている気持ちのよさ。

 

断捨離していると、自分の好みや、自分らしさや、自分が本当に必要としているのは何かということを再確認できます。

 

何十冊あったレシピ本の中から選び抜かれたお気に入りのレシピだけを1つのファイルに整理して、↓こんな感じになりました。

 

f:id:banmiko:20180321160509j:plainf:id:banmiko:20180321160511j:plain

いやー、スッキり!

 

この調子で、哲学や心理学関係の本も断捨離してみようかなー。

おっと、その前に洋服もそろそろ断捨離の時期かな。

 

レッツ断捨離で空間も頭の中もスッキリしましょう。

 

本日も楽しい1日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

自分に嘘をつくからモヤモヤするんでしょ?

もう春だわ〜と思っていたら、またもや外は雪景色。

天気には敵いませんね。

自分の力でどうにもできないことには、キーー!とかムキー!とかならずに、もうそのまんま受け入れる。状況が移りゆくのを鼻ホジホジしてキットカットでも食べながらノンビリ眺めてるに限りますね。なぜなら、どうせその気に入らない状況は長くは続かないっていうことは分かってるわけだから。ふふ。

 

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

ヨーロッパのヒキコモーゼでただの主婦、頭の中はお花畑の代わりに宇宙で出来てます♪のバンミ子です、こんにちはー!

 

今日は、モヤモヤの正体について書いてみようと思いますよ。

 

なんかこの状況モヤモヤするわー、なんかこうスッキリしないっていうかー、何なのこれ?みたいな感情、みなさんも知ってますよね?

 

でね、こういうモヤモヤした感情が芽生えた時って、人は無意識に他人のせいにしますよね?笑

 

あいつがあんなこと言うからモヤモヤするんだわ。

あいつがこんなことするからモヤモヤするんだわ。

 

ってね。

 

で?

で?それがなんなのよ?って話な訳ですが。

 

なんでモヤモヤするかって本気で理由を考えてみたことありますか?

これ結構大変と言うか、自分の腹黒さとかチキンなところとかに行き着いちゃいますから、そういうことを直視することに慣れていない人には難しいかもしれません。

 

でも言っちゃおう(笑)。

 

ねぇ、それって、自分に嘘をつくからモヤモヤするんでしょ?

 

他人から良い人と見られたいから、嫌われたくないから、何か我慢してることがあるんでしょ?我慢しないで言っちゃえば?

 

ということです。

 

本当に単純ですよ。

モヤモヤするのは他人がどうとかこうとかいうのはハッキリ言って関係ないですよ。

 

カンケーない。

 

あなたが自分の気持ちに正直になって、素直にありのままの気持ちを相手に伝えればそれで済む話です。

 

伝える時に、最初は自分の感情について話すことに慣れてないと相手に喧嘩売ってるみたいな状況になるかもしれません。それでも伝えることです。

喧嘩上等、それでいいじゃない?笑

いいのいいの、最初はそれでいいんです。

言われる方だって、勝手にモヤモヤ貯めて爆発されるより言ってくれた方が数倍マシってものですよ。

 

で、感情について話すことに慣れてくると、つまり場数を踏むとね、喧嘩にならずに相手にスムーズにサラっと自分の思いを伝えることができるようになります。

肩透かしみたいなくらいにサラっとね。

 

自分に正直に生きましょう。

素直になりましょう。

 

モヤモヤなんて今すぐ手放せますよ。

 

喧嘩上等!

アナタという人生は一度っきりです。

 

モヤモヤは便秘のようなもの。

毎日スッキリ出して心身ともに身軽でいたいものです。

 

大丈夫、あなたはありのままのあなたで十分価値のある人ですよ。

嘘をつく必要はありません。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

思考という名の頭の中のラジオ

f:id:banmiko:20180223073731j:image

自分の頭の中で流れている思考。

 

普段ただなんとなく過ごしていると見過ごしてしまいがちですが、それはまさに声、自分の声のように聞こえます。

 

自分の声のように聞こえるから『これは自分の考えだ』と思いがちですが、それが違うんですよねー。

 

違うんです。

違うんですよ!

 

それは自分の考えではくて、ただ勝手に流れてる思考という名のラジオ放送、なんなら映像付きのテレビ放送です。

 

なので、そんなラジオ放送やテレビ放送に右往左往することはありません。

 

あれやったほうがいいんじゃないの?

これもやったほうがいいんじゃないの?

それは間違っているんじゃないの?

みんなどうせこう思ってるんじゃないの?

どうしよう、どうしよう!

 

みたいなね、頭の中でそういう脅迫的な声が聞こえてきたら要注意ですよ。

それ自分で言ってるように感じますが、違いますからね。

 

潜在意識の深ーいところに記憶されたどこか誰かの考えや声を再生しているだけです。

 

子供の頃に親に言われた傷つく一言とか、先生に不当に扱われた時の感情とか、まぁ、とにかく色々過去に蓄積された記憶が感情と一緒にフッと思考のラジオとして再生されているということです。

 

なので、ネガティブな思考のラジオが流れている時は、強迫観念的な、そう何か強要されているような、そんな気分になります。

 

これがポイントです。

 

そう、これが気づいてよ!のサインなのです。

 

ただの思考という名のラジオではありますが、それが再生されているということは、まだ消化されていない負の感情がアナタの中にありますよ、というサインでもあるのです。

 

なので、右往左往する代わりに、一旦立ち止まって自分に聞いてみましょう。

『あれ?どうしたの自分?どこに引っかかってるのかな?』って。

 

それはもしかしたら子供時代の心の傷が元にあるのかもしれない。

目の前の出来事や人はただのきっかけに過ぎなくて、古い傷がムズムズしていて、目の前の状況に投影しているだけかもしれない。

 

とにかく、静かに自分に問うてみることです。

そのネガティブな感情はどこから来ているのか探ってみることですね。

 

それで、

 

あぁ、あれかな?

という記憶を見つけたら、

 

あの時の悲しい自分がまだそこに居たんだね。

そっか、悲しかったんだもんね。いいよ、いいんだよ、大丈夫、私はあなたのことをわかっているよ。

 

と、その感情をそのまま受け入れてあげましょう。

負の感情に否定的になったりしなくていいんです。

そのまま認めてあげるだけでいいんです。

 

その作業が唯一の負の感情を手放す方法なんじゃないかなと思います。

そうして自分の感情を受け入れてあげると、負の感情はどんどんどんどん小さくなっていきます。そしていつか手放すことができます。

 

アナタはそのままのアナタを認めて受け入れてあげるだけでいいのです。

 

何者かになろうとしなくていい。

自分のままでいい。

頑張らなくてもいい。

 

そのままのアナタでもう十分素敵なのですから。

ね?

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

こちらの記事もどうぞ☆

banmiko.hatenablog.com

 

 

何を置いても大事なのは、心を静かに保つこと

f:id:banmiko:20180223073822j:image

あらゆることは諸行無常。

 

何事も刻一刻と変化しています。

一日として同じ日はありません。

 

物事も、人々も、状況も。

そしてアナタ自身も。

 

体の細胞から思考や感情に至るまで、あらゆるものは諸行無常なのです。

 

状況に一喜一憂したり、他人の言動に心を乱されたりするかもしれません。

でも、それだって諸行無常。

 

全ては必ず過ぎ去るのです。

必ず中庸に戻る。

悪いことは永遠に続かないし、良いことも永遠には続かない。

 

だから、今この瞬間にするべきことは、ただただ『静か』に今を生きること。

静かな心を保つことです。

そして今目の前の変化を穏やかな心で楽しむことです。

 

それだけでいい。

だって、あらゆることは諸行無常だから。

 

必ず変化するから。

その変化を静かに見ていたらいいのです。

 

目の前のお茶を心から楽しんだり、ただただ音楽に耳を傾けたり、木の家具を磨いたり、心を込めてお米を研いだり、一歩一歩感覚に意識を集中しながらブラブラ穏やかに散歩したり、そういうなんでもない1つ1つの行動が『今ここにいる』という気づきを与えてくれるのですよね。

 

小さな日常の一瞬一瞬に幸せが存在しています。

 

穏やかで静かで平和な心でいること。

それがそのままアナタの現実世界にも投影されることになるのです。

 

だから何を置いても大事なのは、心を静かに保つことなのですね。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

banmiko.hatenablog.com

女性の生き方 〜 ヒキコモーゼは最高の時間持ち

こんにちは、ヨーロッパのヒキコモーゼ哲学主婦のバンミ子です♪

 

さてさて、以前から何度かバンミ子命名『ヒキコモーゼ』については書いてきました。

バンミ子ね、常日頃からこのヒキコモーゼという生き方に満足しているんです。

 

何せね、ヒキコモーゼは時間持ちですよ。

人生の中で何が一番の贅沢かと聞かれたら、バンミ子は間違いなくこう言います。

 

「好きなことを好きな時にできる時間持ちであること」

 

だって、お金持ちでも忙しすぎて家庭内がギスギスしてたり楽しくお金を使う時間もないなら、それは幸せとは言えないじゃない。

 

だから贅沢なのは断然お金持ちより時間持ちですよ。

もちろん両方がバランスよくあれば最高ですけど。

 

この限られた人間生活、人生の中での優先順位で言ったら、高級車とか大きな家とかブランド物の服とかアクセサリーとか化粧品なんていうのは、あってもいいけどなくてもいい。そういうのはもうオマケみたいなものですよ。

あったらラッキー♪程度の。

 

そんなことより何より最優先は、時間持ちとして生きること。

これに尽きます。

 

バンミ子が時間持ちのヒキコモーゼでいることで日々幸せを感じられるのは、

 

  • 時間があるからたくさん本が読めます
  • 読書で培った知識を育児や家事や生き方に活かせます
  • 時間があるから毎日家族が喜ぶ食事を作れます
  • 時間があるから趣味を楽しめます
  • 時間があるから丁寧に家族のサポートができます(夫の出世にも一役買いますね)

 

という点ですね。

 

そりゃあ、国としては税金納めて欲しいわけですから女性にもお勤めに出て欲しいでしょうね。あくせく働け!って。

 

女性の活躍、女性の活躍って言うけど。

それは女性のためとか家族円満のためというより、あくまで国として収入確保したいって話。

 

っていうか、なんで生き方まで他人に指図受けなきゃいけないの?もう十分満足してますからご心配なく!敬礼!

 

ああすべき、こうすべきって、

それこそ女性を軽視してますよ。

女性は国の収入確保のために生まれてきたわけじゃないでしょ?

女性は働きアリとして生まれてきたの?

 

あとね、みんな他人に興味ありすぎですよね。

 

ヒキコモーゼとして人生楽しんだっていい。

好きな仕事でキャリアを積んで生きていってもいい。

 

みんな違ってそれでいい。

 

それでいいじゃない。

 

家庭の中でお母さんが笑顔でいたら、それだけで子供は安心して自立した大人に成長していくと思うのですよ。そしてその子達が将来のこの世界を担っていくのです。

長期的視点から言っても、ヒキコモーゼの社会への貢献は決して小さなものではない、とバンミ子は思っています。

 

レッツエンジョイ♪ヒキコモーゼ!

 

バンミ子

 

競争するもしないも個人の自由でいい。子供に競争を押し付けなくてもいい。そしてアナタ自身も無理に競争しなくていい。

人間社会は、競争することで成り立っていると言っても過言ではないですよね。

赤ちゃんの頃から、いつ立ったとか、いつ歩きはじめたとか、いつオムツが取れたとか。赤ちゃん本人はそんな気は全くなくても、いつの間にか社会から競争の目に晒されています。

 

学校に入れば、成績やスポーツで優劣が付き、外見で優劣が付き、大人の期待に応えても応えても更に要求のレベルが上がるだけで競争に終わりはない。

 

良い学校に入った方がアナタのためになるから。

良い大学を卒業した方がアナタのためになるから。

大企業に就職した方がアナタのためになるから。

 

アナタのためと言いながら、その心には、

 

大人の期待に応えなさいよ

じゃないと我々が恥をかくから。

大人の我々を喜ばせなさいよ。

じゃないと愛してあげないよ。

 

みたいな思惑が隠れていたりしますよね。

こんな大人の思惑、子供はぜーんぶお見通しですよ。

 

そもそも、

 

何で競争しないといけないの?

 

本人が望むならまだしも、何でわざわざ楽しくもない得意でもない分野でまで競争させないといけないの?

 

競争するもしないも個人の自由でいいじゃない。

子供に競争を押し付けなくてもいいじゃない。

 

そしてアナタ自身も無理に競争しなくっていいじゃない

 

宇宙規模から見たら、地球のある地域に住むある個人が勝ったとか負けたとか、成功したとか失敗したとか言ってます、って、正直そんなことは取るに足らないことですよね。そもそも勝つとか負けるって何よ?って話な訳で。

 

だからね、

 

どんな分野でもいい。

趣味でも仕事でも遊びでも何でもいい。

 

夢中になれること。

大好きなこと。

笑顔でいられることを毎日していたらいい。

 

あなたはあなたのままでいい。

 

それが生きるってことだと思うから。

 

無邪気に楽しそうに遊ぶ子供たちの姿を見ながら、そして自由に空を飛ぶ鳥を見ながら、シミジミとそう思うバンミ子なのです。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

ジャッジをやめる。毎日平穏に暮らすということ。

f:id:banmiko:20180130180514j:image

あれもやらなきゃ。

これもやらなきゃ。

どうしよう、時間がない。

もう!なんなの!急いでるんだから早くしてよ!

 

っていうね。

まるでそういう状態が『当たり前の生き方』であるかのように、その心の状態に何の疑問も抱かずに日々過ごしている人々。

 

行き交う人々。

行き交う車。

慌ただしい日常。

罵声、怒声、焦燥、怒り、イライラ。

 

あっちを見ても、そっちを見ても、どこにでもある日常の一コマ。

 

わかります。

 

わかりますよ。

 

時間も限られてるし、やることがいっぱいあって大変ですよね。

 

でもね、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。

 

あれ?何にそんなに急かされてるの、自分?

 

って自分に聞いてみてください。

 

それ、本当にやらなきゃいけないことなの?

 

それをやらないことでアナタは具体的に何が困ると思っているの?

 

イライラしたり焦ったりしている時、ちょっと立ち止まって、こういう質問を自分にしてみるのです。

 

そうすると、これまで当たり前と思って必死にやってきたストレスいっぱいの日常のルーチンワークや、これまた気がつかないうちにストレスになっていた人間関係なんかが、「あ、これいらないかも?なくても困らないんじゃない?っていうか、むしろないほうが平穏じゃん!」って気がつくことができます。

 

シンプルになっていいんです。

限りなく、シンプルでいいんです。

 

ああじゃなきゃいけないとか、こうじゃなきゃいけないとか、単なる思い込みかも知れないわけですよ。というか、ほぼ思い込みですからね。

 

ああすべき、こうすべき。

そういうのって、一見立派な自分の考えのように見えて、実はほとんどが『他人にどう見られるか、他人にどう見られたいか』という他人目線を気にしてばかりの強迫観念であることが多いのです。

 

何でそうなるかというと、自分が他人をそのようにジャッジしているからですね。自分が常日頃他人をジャッジしているから、他人にも自分がそのようにジャッジされているに違いない!と思い込む。それで追い込まれる。

まるで自分で自分の首を絞めてるようなものです。

 

だから、もうやめましょう。

 

ジャッジするのはやめましょう。

自分のことも他人のこともジャッジしない。

 

ああすべき、こうすべき。

という心の声が聞こえたら、「ああでもいいし、こうでもいいよ。それぞれ違った考え方があるんだからどう生きようとその人の自由だよ。みんな違ってそれでいい」に書き換えちゃえばいいのです。

 

忙しいから不幸なんじゃないのです。

やることがいっぱいあるからイライラしているんじゃないのです。

 

自分で作った他人目線の強迫観念がそうさせている。

それだけです。

 

それに気がつくだけで、同じ日常がまるで違った世界に見えるんじゃないかなと思います。

 

平穏は外から与えられるのではなく、自分の内にあります。

 

そう、すでにあるのです。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

banmiko.hatenablog.com

 

人生は死ぬまでの暇つぶし

f:id:banmiko:20180129162915j:image

バンミ子の好きな言葉の1つに、タイトルの

 

人生は死ぬまでの暇つぶし

 

があります。

 

これほど人生の真理を的確に表現する言葉はないんじゃないかなと思うのです。

 

なんなら、人生はひつまぶし、でもいいですよ。

 

つまり、そう。

そういうことです。

 

それくらい楽に簡単に、シンプルに生きてもいいんじゃないの?ってことです。

 

生きていくのが辛い。

毎日が苦しい。

つまらない。

とにかくモヤモヤが止まらない。

 

こういうのって全部、『人生は死ぬまでの暇つぶし』という視点から見てみると、

 

もうね、暇で暇で仕方がないんですけど!

しかも、どうやって暇つぶしをしたらいいのかさえも分からないんですけどー!

ムカつくわ!キーー!!!!

 

と言っているようなものなんじゃないの?

ってことです。

 

へ?

って感じですよね?

 

わかります。

わかります。

 

でもね、やっぱり『人生は死ぬまでの暇つぶし』だと、バンミ子は思うのですよね。

だからと言って「投げやりに生きていいよ」、と言っているわけではありません。

 

とりあえず、人は誰しもいつかは死ぬのだ、という前提は崩れないわけですから、つまりは死ぬまでの期間限定のこの人間生活というのは、私という絶対的存在の『地球上での単なる仮の姿』とも言えちゃったりもするわけですよね。

 

へ?

えぇ、わかります、わかります。

 

もう、バンミ子言いたい放題ですけど。笑

だって、あの世のことは誰にも分からないんですから。いいじゃない?ふふ

 

幸せに生きられる人というのは、言い換えれば、

 

暇つぶしが上手な人

 

と言えますね。

 

ここに楽に生きるヒントがあるわけですねー。

 

偉かろうが、偉くなかろうが、お金持ちになろうが、貧乏だろうが、苦労しようが楽に生きようが、どんな人生のイベントも単なる死ぬまでの暇つぶしの1つに過ぎない、そんな考え方があってもいいんじゃないのかなー?と思うバンミ子なのです。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

 

親離れ、子離れ。大人になるということ。

f:id:banmiko:20180124161452j:image

またまた久々の更新になってしまいました。

みなさんいかがお過ごしでしょうか?

クリスマス〜年末年始〜冬休み、と何かと物理的にも精神的にも忙しかった方も多かったのではないかなと思います。

 

バンミ子家はなにをしていたかというと、クリスマスは一度泊まってみたかった超高級ホテル(笑)に宿泊しましたよ。子供たちもラグジュアリーな体験に大喜び、バンミ子も優雅な空間と時間をたっぷり堪能出来ました。たまにこうして日常を離れて違った空間に身をおくことも新鮮でいいですね。

 

ホテル宿泊でリラックスしたのもつかの間、実はクリスマスには些細なことから義理両親と夫バミ男の微妙な親子関係の深い溝のようなものが浮き彫りになり、親子間&夫婦間で一時険悪なムードになってしまいました。

 

出ましたよ、これ。

バンミ子のテーマの1つである、親子間の関係性。

これって本当に深いのです。

 

幼少期の親子の関係性、これ大人になっても意識しないとずっと同じ関係性のままでい続けたりしますよね。つまり、親は親のまま、子供は子供のまま、という役割を演じ続けてしまうということです。見かけはどう見たってどっちも良い歳した大人なのに、です。

 

 

仕事で成功していても、

自分の家庭を持っていても、

自分自身が親になっていても、

 

そう、経済的にもプライベートでもすっかり自立しているように見えても、

 

親の前では『子供』に戻ってしまう、というパターンは非常に多いんじゃないかなと思います。

 

良い歳した大人であっても、親にはNoが言えないとか、自分の意見を言うことができないとか、衝突を避けて曖昧にしておく逃避行動しかできない、とかですね。

 

これは、親も『親』という役割に固執していて、子供には『子供』としての役割を期待していることが多いです。一人の大人としてではなく、『自分の子供』としての存在でしか相手を認めていない。だから、期待通りの反応や行動が見られないと裏切られたような気分になり、そしてその気分をそのまま表現してしまうわけですね。

 

あなたが思い通りに動いてくれないと、私が悲しい!私を悲しませるのはやめなさい!

親を悲しませるのはやめなさい!

 

まるで3歳児のように。

そう、良い歳した大人が、まるで3歳児のように振舞ってしまうのです

 

感情に訴えて相手の罪悪感を利用して相手の行動をコントロールしようとするのは、親子間でも夫婦間でも不健全な人間関係の中では常套手段となっています。

そしてね、それは決して一方通行では成り立たない関係です。

コントロールしようとする人がいて、それに応える相手が居て初めて成り立つ関係なのですよ。二人でダンスしてる関係、という表現もありますね。

 

 

しかし、一体どうしたことでしょうね?

 

親子間で言えば、子離れができていない親離れができていない証拠、夫婦間やその他の人間関係で言えば、共依存な関係と言えるのではないでしょうか。

 

バンミ子なんかは、そういう不健全なコントロールの気配を感じたら、苦笑いしながらとりあえず後ずさりして逃げられるならさっさと逃げ出しますけどね。そしてその後はフェードアウトですよ。あは♪

 

だって、そういう人と素直に対面したってほぼ無駄ですよ。

相手が3歳児ならまだしも、もう躾の段階はとっくに過ぎているでしょう?

 

 

それぞれが、自分の心としっかり向き合って、自分の中にある問題から気づきを得て、本当の意味で自分が大人になるしか解決方法はないのです。

 

「だってだって」って相手のせいにしている段階は、まだ本当の意味での大人じゃないんです。

自分は大人だと思ってたら勘違いもいいところですよね。

ヘソで茶が湧くわ、みたいな。

 

大人になるということ。

 

これは、何歳から大人という話じゃなくて、

相手を変えようとかコントロールしようなどと画策せず自分の存在も相手の存在もそのまま認めリスペクトできる心の状態であること。

 

これが大人になるっていうことなんじゃないかな、とキットカット食べならがフッと思ったバンミ子なのでした。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

アイデンティティーは求めるモノではない

f:id:banmiko:20171207070216j:image

再読中です。読む度に違う解釈に辿り着くバンミ子もまた変身のプロセスの中にいるのかもしれません。

 

私は一体何者なのだろう。

私には一体何ができるのだろう。

私の使命は何だろう。

 

そんな風に考えて悩んだこと、誰でも一度はあるんじゃないかなー、と思います。

どうですか?

実はバンミ子も長いこと、時折襲ってくるこのような考えに悩まされてきました。

 

これって、言うなればアイデンティティー(自己同一性)の問題ですよね。

自己同一性 - Wikipedia

 

自分の自分として存在する確固とした証拠、アイデンティティーが欲しい!

欲しいのよ!さぁ、さぁ、見せてちょうだい!教えてちょうだい!

アイデンティティーさえハッキリすればこんなに悩まずにスッキリ生きられるのに!

あぁ、私のアイデンティティーって一体何なのよ!!

きっと!きっと、スペシャルな何かがあるはずなのよ!ないわけがないのよ!

あぁーー!神よ!

 

みたいな(笑)。

一人舞台さながらの熱演ぶりですが。

ま、つまりそういうことですよね。

 

でね、よく考えて見ると、このような考えは裏を返せば、

 

私は何者かであるはずだ。

私には特別な何かがあるはずだ。

私には私にしか出来ない使命があるはずだ。

 

みたいな、どうしちゃったのこれ?的な考えが潜んでいるんですよね。

巷に溢れる自己啓発系の人たちも、こういう考えや教えを匂わしてることが多いですし。だから、自分探しなんて言葉に繋がるわけで。

 

自分探しに成功したら、自分の自分としての存在の確固としたアイデンティティーに目覚めて、自分の自分による自分のための適職が見つかって、お金もたくさん入ってくるし、自分も他人も幸せにできるよ!さぁ、あなたもワンダーランドに行こうよ!

 

ってね。

 

そうして無数の迷える子羊たちが、さらにさらに迷宮へと旅立っていくわけです。

 

っていうかね、そりゃそうですよ。

そりゃ迷うでしょ?笑

いくら自分を探したって見つからないでしょうから。

あはは。

 

なんかこれもう、まるで脅迫的だし病的な匂いまでするし、これってハッキリ言って自分で自分の首を占めてる完全なる自分の自分による全く自分のためにならない思い込みなんじゃないの?

 

と、そんな風に今朝キットカット食べながらフッと思ったバンミ子なのです。

 

アイデンティティーは求めるモノではない。

そう、モノではないのです。

 

探して見つかるモノではないのです。

 

だって、アイデンティティーなんてそもそも無いんじゃないの?

自分は何者かであるというのは単なる概念だし、自分や他人が作ったただの思い込みかもしれないわけですから。

 

そんな枠にわざわざ自分を収めようとしなくてもいいんですよね。

 

自分は何者かなんて考えなくてもいいんじゃないの?

今、生きてる感覚はあるんでしょ?

じゃぁ、それを、その今の瞬間を肩の力を抜いて体を楽にして堪能したらいいじゃない。

 

突き詰めれば、生きているというのはこの瞬間だけなんですから。

 

生き物として生まれた以上、その生は、生まれたら散っていくもの。

儚くも豪快であり愉快でもあります。

 

そんな風に思うので、バンミ子はこのバンミ子という生を生きるに当たって、こうして縁あって母として毎日子供達と過ごす時間を与えられたことにただただ感謝するのみなのです。これが今のバンミ子の生。理由付けは要らない。

 

一瞬一瞬の気づきと、この瞬間の生。

それ自体がアイデンティティーなのかもしれません。

 

ならば、誰にでもすでにそこにある。

 

そこにある。

 

そこにあることに気がつく。

 

生きるというのはそういうことなんじゃないかな、とクリスマスソング聞きつつコーヒーすすりながら一人思うバンミ子なのでした。

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子

 

感情は気づきのサインで、思考はただ勝手に流れてるラジオ放送のようなもの。

f:id:banmiko:20171207065855j:image

今日の子供達のお昼ゴハンです。

 

さてさて、前回の更新からまたまた1ヶ月も経ってしまいましたね。

更新しなかった毎日をバンミ子がどのように過ごしていたかというと、日常生活を送りながら『ただただ1日という時間と思考と感情を観察する』ということに専念しておりました。

 

一瞬一瞬が気づきの連続であり、驚愕することの連続ですよね。

驚き悲しみ喜び苦しみという感情の波を、いちいち体験して、いちいちそれを消化していかなくちゃいけないっていうのは、まるでそれは『生きてることそのものが修行だから!ほら!出来ないと思うけど、ま、頑張って(笑)』と知らない誰かが自分たちを斜め上のどこからか観察していてニヤニヤしながらこっちを見てるんじゃないかと疑ってしまいたくなるわけですよ。

 

だれなの?

ねぇ、あなたはだれなの?

ってことなわけですよ。えっ?

 

なんだか良く分かりませんが、とにかくこれは、感情というものを与えられた人間に生まれた以上避けては通れないことなのでしょう。

そうとしか言えないでしょ、もう。笑

 

で、今のバンミ子の脳みそをフル回転させて、なんとなく答えらしき答えのようなでも答えじゃない答えを無理くり出すと、

 

感情は気づきのサインで、思考はただ勝手に流れてるラジオ放送のようなものである

 

というところに行き着くのです。やっぱりここに行き着くのです。

 

だから、感情に流されてはダメなんです。

だってそれはただのサインだから!

決して自分自身と同一ではないんです。

感情=自分ではないんです。

感情はただのサインなんです。

あなたの中にあるエゴみたいな何かに気付こうよ、の合図なんですよ。

 

感情は、

あー、自分の中に怒ってる人がいるなー。

あー、自分の中にイライラしてる人がいるなー。

あー、自分の中に悲しんでる人がいるなー。

って、観察するに留めるのがザ・ベスト

ベターじゃないですよ、ザ・ベスト

 

そして、感情とは別に、常に、そう四六時中!脳内を駆け巡っている思考。

これ、勝手に流れてるラジオ放送ですよ、もはや。笑

 

だから、思考も感情と同様に自分を同一化してはいけないんですね。

思考=自分ではないんです。

思考はただのラジオ放送ですよ。

これ止めることは出来ません。勝手にダラダラ流れ続けますよね。意識しないとビックリしちゃうような気分の悪い思考が流れてきたりね。

 

でも、バンミ子の経験としては、思考を止めることは出来ないけれども、思考というラジオ放送のチャンネルを変えることは可能なんですよね

 

それはまさにテレビやラジオと同じで、自分で放送局を選べます。

あー、良かった。そう思いません?

きちんと意識さえすれば、チャンネルは自分で選べるんですからこれ幸い。

 

人間は、思考を使って自分を苦しくも楽しくもできる。

つまり、苦しいのも楽しいのも原因は外にはなくて、全部自分でその思考を選んでる。

バンミ子はそう思っています。

 

人間として生きている以上、どんなに辛くたって感情と思考とはサヨナラできません。

ならばできるだけ楽になれるような使い方をしていきたいと思いますよね。

 

とにかく感情には逆らわない。

ただ観察するに留まること。

そして、そこから気づきを得られたらラッキー!くらいに思うと良いのではないでしょうか。

 

思考の流れは止められない。

止めることは出来ないけれども、チャンネルを変えることは可能。

自分次第。

 

感情=自分=思考ではない。

自分は自分です。

『自分』は感情と思考の外にいる存在だ、と意識すると違った世界が見えるかもしれません。

 

今日もアートな一日をお過ごしください。

 

バンミ子

明確な思考は行動になり、そして加速度的に現実化する

f:id:banmiko:20171103211631j:image

すっかり秋も深まり、というか冬に突入という感じですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?こんにちは、ヨーロッパのヒキコモーゼ、バンミ子です♪

 

バンミ子家はここ数日、秋のミニ旅行に行っておりました。

日常を離れて、異国の地で異国の言語や人々、文化に触れることはバンミ子にとっては欠かせない大切な大切な人生のテーマの1つです。今現在も海外在住ですしね。

 

今回の旅も、春先にふっと『あぁ、あそこに行きたいな』と思い立って予約したのでした。特に計画立てていたわけでも、ずっと行きたかったという地でもないんです。

ある日、ふっと、それは自然にインスピレーションが降りてきたんですね。

なので『よし、行ってみよう』と思ったわけです。

 

で、実際に行ってみたら、それはもうシンクロニシティーの連続でしたね。

あぁ、そういうことだったんだ、これを見るためにこの地に来たんだ、みたいな場面が盛り沢山だったわけです。今回の旅でも、またたくさんインスピレーションをもらいましたよ。そしてそのインスピレーションによって、さらに次の行動につながり現実化への一歩になった案件もあります。

 

それでね、バンミ子、ますます確信しましたよ。

 

思考は現実化するって。

 

明確にイメージしたものは、『いつ・どのように』など具体的に決めなくても、ベストなタイミングで自身の行動と結びついて、そして現実化するんです。

 

いつどのように自分が行動するか、いや、もっと言うと行動するきっかけがいつ来るか、これは考えなくてもいいんです。

これがまさにインスピレーションそのものだから。

 

だから、いつでも瞑想したりしてマインドフルネスな状態になっていることが大事なんですね。できるだけ毎日余計な雑念が消えているようにするんです。

そうすることでしか、小さな小さな気づきやインスピレーションに気がつけないから。

 

日々、雑念を無くすこと、ゆったりとした気分で過ごすこと、インスピレーションのサインに気がつくこと、これが1番の要です。

 

インスピレーションに任せていると、勇気など出さなくても、気合いなど入れなくても、自然と行動に出てきます。楽しくて行動せざるを得ない状態になるんです。

 

これに慣れていくと、様々なことが加速度的に現実化していきます。

意識しなくてもどんどん行動するようになるから。

 

だから、思考を現実化したいなら、まずは自身の内面から働きかけることです。

余計な雑念を消し、できるだけニュートラルな精神状態を保つことが1番最初にすべきことであり、そしてこれを日々取り組み続けることが、夢を実現するための条件の1つではないでしょうか。

 

レッツ瞑想でゆったり思考♪

 

今日もアートな一日をお過ごしください♪

 

バンミ子